丁寧に言って、ユマ・ミシェリアは公平な働き方をしたと思う。俺達の世界では魔女と呼ばれたあの女はこの世界でも魔女だった。まず、俺が今いる状況から説明しようと思う。
彼女が呼び出した扉、その向こうは俺たちが知りたがっていた真相だった。けれど、だが、なんというか、あの魔女はやはり悪意がある。
例えるならば、そう。密室殺人の犯人を手がかりを残す前に即座に捕まえるようなものだ。理由もその場にある状況じゃなくて未来から来ましたとか、超能力で貴方の心が読めましたとかそんな出鱈目な理由だ。
現に、俺はそんな状況にいる――。
此処はモール・モール、そしてこの場所は灯台だ。灯台の明りが世界を照らす。夜でさえもその光は闇を遮る。灯台の本当の役割をきっとこの灯台は果たしていない。周りが森で山に挟まれて、海の欠片すらないこの場所に言葉があった。
言葉を呟くもの、即ちそれは人だ。
その名前はスペイド、と言った。
「…俺は確かにリファリアルを天界から攫った人間の正体を知りたかった。だけど、いきなり全てをを暴くだなんて流石に残酷すぎるだろう」
スペイドは溜息をついて呟いた。決闘都市オルロイで少しだけ親しかった受付の少年、その時のスペイドは彼について自分の事情は何も言わなかったが、彼はきっと自分の状況や周りの状況を全て把握していたに違いない。
彼の名前はダニエル。もしかすると偽名かも知れないが、俺は哀れんだ気持ちでこう呟いたのだ。
「ダニエル…、俺は君の正体は何かすら知らない。正規のルートを通って真相に辿り着いた訳じゃないからな。君はどうしてリファリアルを探して、俺を挑発しようとしたんだ?」
「・・・」
だが、少年は何も答えない。明らかに不満そうな顔をして、体に巻きつけられたロープを見下ろしている。
ああ、当たり前だ。これからリファリアルを利用して悪事でも騒動でもある何かを仕掛けようとしていた際に、魔女の裏切りにあったからだ。
(仕方ないよな。いきなり自分の部屋に扉が現れたと思ったら、ターゲットが全員乗り込んできて、計画も何も台無しになってしまったから)
同情はする。そうスペイドは溜息をつく。彼にはこの少年に対しての敵意はない。リファリアルは無事だった。むしろ何の危険も暴力も受けていなかったのが幸いだと言えよう。この少年は彼女に対して危険を与えなかったし、これからも与えるつもりはなかった筈だ。
つまり、ダニエルは彼に対して挑戦はしていたけれど、彼に対して殺意も悪意もなかった筈だ。けれど、悪意の影は徐々にやってくるのだと彼は知っている。
あの時、ヒンメルは彼にもう一度やってくる、と告げた。テイル・クローリアを傀儡にしようとして、けれども結果、それは叶わなかった。
目の前の女はそんなに弱い女じゃなかったからだ。もはやテイル・クローリアはただの少女ではない。モール・モールという役割に縛られて女王の傀儡でいただけの彼女とはもはや別物だ。今、テイル・クローリアは囚われのリファリアルを介抱している。記憶の混濁があるとかないとか、洗脳されているのかそれともそれは自分の意識なのかを判別している。彼女がどんな状態かは分からない。けれども今はまだ取り返しのつかない状態ではないのだと知っている。
むしろ、そうなる前にあの魔女はこちらに誘導したのだろう。自分の子供が犯罪を染める前に、その前に父親に事を知らせた母親のように。
ユマ・ミシェリアはそんな少年と少女を遠巻きに眺めている。その表情からは考えが読み取れにくく、だからこそスペイドは彼女に話しかけた。
「ユマ・ミシェリア」
「・・・どうしたの?スペイド。リフちゃんが無事だった事に安心した?」
「ああ、安心したよ。モール・モールに来てから、大分、俺は昔の事を思い出さなかったからつい今回こそはいなくなるんじゃないかと思ったんだ」
そのスペイドの言葉にユマは薄く笑う。それは僅かだけどそれは確かに口元を歪ませる。
その笑みはなんだ?
けれど、彼はそれを追求する前に静かに少年に向きやる。
ダニエルと言った少年。
もしかすると雑談でも話した事があるかもしれない。もしかすると街ですれ違ったかもしれない。
けれど、それだけだ。
少なくとも目の前の少年がスペイドを狙う理由なんてなかった筈だ。しかも、スペイドの周りの人間まで巻き込んでまでは。
だから、静かに彼はダニエルと言った少年に向きやる。縄でぐるぐると縛られて、動けなくなっている。それでも意識は鮮明だろうし、何処も怪我させてはいない。
「・・・おい、ダニエルと言ったか」
「・・・」
「だんまりか?続けるぞ。どうしてリファリアルを攫って、俺を対象にしてゲームなんて悪趣味な真似をしようとしたんだ?」
だが、ダニエルは何も喋らない。それどころかふて腐れた様子でそっぽを向いている。スペイドは自分の心の中に火が灯るのを感じた。それを無視して更に続ける。
「…どうして黙る?俺は尋問しているんだ!」
「……アンタはずっと分からないままでいるんだ…これほど可笑しい事は無い」
ダニエルが笑った。意図は分からない。けれど、その瞬間、スペイドの中で衝動的な何かが湧き出てきた。拳を握りしめ――けれど、その衝動はすぐに萎む。
スペイドが怒りを露にするよりも反射的に少年を誰かが殴ったのだ。
コゼットだ。
はたく、なんて生易しいものではない。
大きく拳を振りかぶってダニエルの顔を殴りつける。その表情はスペイドが声を失うほどに冷静だった。けれども、その勢いに躊躇はなく、コゼットは彼に鉄拳を叩き付けた。
鼻先に拳が痛打して、少年は叫び声を上げて床に倒れる。
「お、おい・・・コゼット」
「スペイド君は黙ってください」
そして、コゼットは少年の胸倉を掴む。掴みながら彼女はまるで躾けるような声で尋ねる。スペイドが取ろうとした行動よりもずっと冷静だ。
「久しぶりですね、デニー君。・・・挨拶は?」
「・・・・」
ダニエルがそっぽを向いた。そして、間髪入れずにテイル・クローリアが彼女に聞く。少し驚いたようなそんな表情でコゼットに呟く。
「・・・知り合いだったのですか?」
「そうですよ、テイルちゃん。私は元々、別の世界で暮らしていてある日、この世界に召喚されたって知っていますよね。その召喚される前に一緒に住んでいた相手だったんですよ、で、デニー君」
ダニエルは無言でそっぽを向いたままだ。胸倉を揺さぶりながら、けれども口調は優しく呟く。
「・・・デニー君、あなたはいつから喋れなくなりましたか?」
「・・・うるさいな。コゼット先生。どうしてそこまで出しゃばるんだよ!」
「出しゃばってなどいません」
「出しゃばっているんだよ!・・・ここはモール・モール。先生の住んでいた世界とは違うんだ!先生はあのまま閉じられた箱庭でずっと過ごせば良かったんだ。邪魔なんだよ」
そして、彼はコゼットの手を振り払おうとする。けれども彼女は微動だにしない。そして、彼女は言葉を続ける。少し語気を強めて彼に向かって問いかける。
「デニー君、君は確かに性格があまりよろしくなかったとは思いますがそこまで根性が腐った子では無かった筈でした」
「・・・・」
「私も確かにデニー君に巻き込まれてこの世界にやってきたのですが、私もそれなりに色んな事を知っているつもりですよ。このテイルちゃんの正体も、あなたの背後に何がいるか、というのもです…クイーンの手駒気取りはもう止めなさい」
「気取っていない・・・!」
「ですが、私にはそこまで忠誠心も感じ取れませんでしたけど……思い当たる理由としては単純に悪戯が発覚してそれが悔しくて黙ってるってところでしょうか・・・?違いますか?違ったらきちんと言葉を返しなさい、デニー君」
そうして、コゼットは胸倉を放す。後は少年の言葉を待つだけだ。そう彼女はスペイドにもテイルにもそう言っている。
スペイドが思っていた以上にこのコゼットと名乗る女は大人だった。何故、ダニエルが黙っているのか、それを察した上で問い詰めている。
知らないまま聞こうとしたスペイドとは違う。
コゼットはただ黙ってダニエルを見下ろしている。その表情は静かに相手の目を見つめている。その動作に怒りも怯えも何も無い。
スペイドもテイルも同じようにしてダニエルの言葉を待っている。
けれど、不思議な事にユマ・ミシェリアだけがただ、コゼットの表情を眺めている。それは何処か羨ましそうであり、満足そうだ。胸中はきっとこの魔女だけにしか分からないだろうけれど。
「・・・そうだよ。コゼット先生。僕は全てに置いて何も出来なかったんだ。望まれない出生、望んでいなかった帰還、そして、望んでいない忠誠。・・・この挙句の果てがこれだよ。・・・もう言っちゃおうか、コゼット先生――モール・モールは崩壊するんだ」
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